少し他の投稿とは経路が異なりますが、機会あってとある論文について議論する機会がありました。割と面白かったので、その時の議論をまとめてみようと思います。
引用論文
Lemonnier N, Melén E, Jiang Y, Joly S, Ménard C, Aguilar D, Acosta-Perez E, Bergström A, Boutaoui N, Bustamante M, Canino G, Forno E, Ramon González J, Garcia-Aymerich J, Gruzieva O, Guerra S, Heinrich J, Kull I, Ibarluzea Maurolagoitia J, Santa-Marina Rodriguez L, Thiering E, Wickman M, Akdis C, Akdis M, Chen W, Keil T, Koppelman GH, Siroux V, Xu CJ, Hainaut P, Standl M, Sunyer J, Celedón JC, Maria Antó J, Bousquet J. A novel whole blood gene expression signature for asthma, dermatitis, and rhinitis multimorbidity in children and adolescents. Allergy. 2020 Dec;75(12):3248-3260. doi: 10.1111/all.14314. Epub 2020 Apr 23. PMID: 32277847.
要旨
アレルギー関連疾患の原因遺伝子はゲノムワイド関連解析(GWAS)などで解明されつつあるが、多疾患併存(multimorbidity)の状態に関与する遺伝子についての研究は少なく、本研究は「多疾患併存状態」特有の遺伝子を解明することを目的としている。
本研究では2群での調査を行っている。1群目のヨーロッパでの調査(MeDALL)で得られた結果を2群目のプエルトリコでの調査(EVA-PR)にて再検している。それぞれの共通する概念は「アレルギー関連疾患を単一、そして多疾患併存している人たちを、アレルギー関連疾患を罹患していない人たちと比較する」ことである。アレルギー関連疾患を有する対象者、有さない対象者の間で発現に差があるものをピックアップするという手法になっている。
しかしながら、それぞれのコホートにおける調査方法の詳細は異なる(対象者などについては論文のFigure 1参照)。特に、それぞれの群での解析方法は異なる。MeDALLでは次世代マイクロアレイ解析 (Human Transcriptome Array 2.0)を用いて網羅的に遺伝子を解析している。一方で、EVA-PRではRNA-Seqを行い、発現量が異なる遺伝子を抽出している。
MeDALLのマイクロアレイの結果、50の遺伝子がアレルギー関連疾患を1つでも有する対象者と健常者の間で統計学的に有意な差が出たのは50の遺伝子であった。そのうち13の遺伝子が、多疾患併存状態の患者のみに注目した際に有意な差として得られた。そのうち、今回の疾患群として注目した喘息、アトピー、鼻炎のどの種類にでも差が出た遺伝子は8種類のみであった。先述した13の遺伝子のうち、12の遺伝子(うち先述の8の遺伝子を含む)がEVA-PRでも結果が検証された。今回発見された8の遺伝子のうち4は好酸球に発現する遺伝子であり、一部はアレルギー関連疾患に寄与するとする文献のないものであった。
今回の論文で足りない点、疑問点
この論文ではアレルギー関連疾患として喘息、アトピー、鼻炎の3疾患に注目しているが、特にスクリーニングとして用いられたMeDALLでは自己申告、もしくは過去の診断を自己申告することで既往・罹患を決定しており、正確性に欠ける可能性も否定できない。このクライテリアはEVA-PRでも同様であるといえる。
さらに、マイクロアレイとRNA-seqはどちらもトランスクリプトーム解析で幅広く用いられる手法であるも、一般的にはRNA-seqのほうがお金がかかるものの、未知の遺伝子などを含めながら網羅的に解析ができるとされており、既知のものしか調べることができないマイクロアレイと比較すると網羅性が高いと考えられるため、スクリーニングにRNA-seqを使ってマイクロアレイで再検するほうが合理的なようにも考えられる。今回それが逆になった理由は今一つ不明であり、RNA-seqにて得られた1.7万弱の遺伝子に関しての解析結果についての詳細が不明である。どうしてこうなったのか、遺伝子解析のプロに解説を聞きたい気もする。